2010年10月22日

1に感謝、2に感謝、3にも感謝で今日も生きる

感謝ができる人間になれ!とよく親に怒られたもの。

やはり年を食えば食うほど、この感謝という言葉が大事なのがわかってくる。

言葉ではいくらでも感謝なんていえるが、心のそこから感謝するって難しいことです。

感謝ができないと、単純に理解できることは、忘れてしまうことである。

ココロから感謝することで、記憶にもその事柄が刻まれる。



感謝をするときは、どういうときか?

・自分にとって嫌なことがあったときに、解決してくれる人に対して。
・自分の知識にないことを、教えてくれる人に対して。
・感動を生むようなことをしてくれた人に対して。

などですか。あげればきりがないですね。

明日もあさっても感謝をできる人間になるべく、今日も自分を磨く。

本日は以上です。

posted by ムーミン at 19:33| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年10月20日

哲学や宗教や科学に感謝する

人間は知恵があるから感謝ができる。

感謝できる生き物。

哲学や科学、宗教は、すべて根っこたどれば一緒のはず。

だから、知りたいっていうやつですね。

昨日はクレジットカードの現金化のニュースが在ってたね。

イロイロあるもんですなぁ。
ラベル:哲学 科学 宗教 感謝
posted by ムーミン at 13:47| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年08月17日

感謝の反対は?

感謝の反対の意味はなんでしょう?

ありがとうの反対語かな?

ありがたくない

これが、反対語かな??



こんな言葉もありますね。

ありがた迷惑

これは、向こうは感謝されると思ってやったことが、

相手にしてみれば、迷惑だったりするという言葉。



漢字の意味でみてみましょう。

有難う

直訳すると、有るということは難しい、みたいな感じですね。

諸行無常という言葉に近い気がしますな。



で、ウィキペディアから諸行無常の意味を抜粋すると。

諸行無常(しょぎょうむじょう、sabbe-saMkhaaraa-aniccaa, सब्बे संखारा अफिच्चा)とは、仏教用語で、この世の現実存在はすべて、すがたも本質も常に流動変化するものであり、一瞬といえども存在は同一性を保持することができないことをいう。この場合、諸行とは一切のつくられたもの、有為法をいう。三法印、四法印のひとつ。
涅槃経に「諸行無常 是生滅法 生滅滅已 寂滅爲樂」とあり、これを諸行無常偈と呼ぶ。釈迦が前世における雪山童子であった時、この中の後半偈を聞く為に身を羅刹に捨てしなり。これより雪山偈とも言われる。
「諸行は無常であってこれは生滅の法であり、生滅の法は苦である。」この半偈は流転門。
「この生と滅とを滅しおわって、生なく滅なきを寂滅とす。寂滅は即ち涅槃、是れ楽なり。」「為楽」というのは、涅槃楽を受けるというのではない。有為の苦に対して寂滅を楽といっているだけである。後半偈は還滅門。
生滅の法は苦であるとされているが、生滅するから苦なのではない。生滅する存在であるにもかかわらず、それを常住なものであると観るから苦が生じるのである。この点を忘れてはならないとするのが仏教の基本的立場である。
なお涅槃経では、この諸行無常の理念をベースとしつつ、この世にあって、仏こそが常住不変であり、涅槃の世界こそ「常楽我浄」であると説いている。
しばしば空海に帰せられてきた『いろは歌』は、この偈を詠んだものであると言われている。


という意味だそうです。



うーん、感謝とは、意味深いですね。
posted by ムーミン at 20:58| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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